簡素化の底にある本音


「簡素化」ということは、形式化、大型化した葬儀を改革しようとするもので、よい面をたくさんもっ
ています。
けれども底にある本音には、経済的な負担を少しでも軽減したいという気持ちが少なからずあるようです。
現代の納得いかない高額な葬儀代への疑問や反発もあって、簡素化イコールお金をかけない葬儀、という意味合いも否定できません。
また、多忙な世の中、葬儀によって他人に迷惑をかけたくないという気持ちがありますが、その底には、自分も迷惑をかけられたくないという「共同体意識」の薄れもあるようです。
めんどうなことは、できるだけやりたくない・・・。
こうした現代人気質も、新しい葬儀が生まれる土壌になっているのかもしれません。

近所づきあいの希薄化、不況も影響


近年はとくに、近所づきあいが希薄になっています。
都会のマンションやアパートなどでは、「隣は何をする人ぞ」の時代です。
かつてのように、葬儀、だからといって、馳せ参じる近隣の人も少なくなり、町内会長が陣頭指押をと
って、葬儀を仕切る姿もみられなくなりました。
おまけに、1960年代から派手に大型化してきた葬儀が、近年は全般に縮小ぎみです。
理由は、葬儀に企業が関与することが少なくなったためです。
バブルの時代には、社員の葬儀はもちろん、社員が喪主となる葬儀や取引先の葬儀にも、会社をあげて参列する姿がみられました。
こうした義理の参列が少なくなったうえ、不況で白分たちの生活の先がみえない時代に、親のお葬式にお金をかけることができなくなってきた事情もあるのでしょう。
ここに葬儀が簡素になっていく必然があります。

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